岡本 博史 自己紹介へ

カスケの家「庭と育つ家」に、3年住んで。|雑木の庭と外構を考える家づくり

公開日:2026/09/04(金) 更新日:2026/09/04(金) 家づくりのこと

庭と育つ家に、3年住んで


設計担当の岡本です。

私の家は、ホームページで「庭と育つ家」として紹介されています。

https://www.kasuke-and.com/co_photo/6485452526b2d77869a9b1296a00b23f-523.html

山にある桃農家の土地に家を建て、畑をつくり、木を植え、
子どもが体を動かせる芝生のスペースも少しずつ整えながら暮らしてきました。

住みはじめて3年ほど経ちます。

住宅の設計をしている立場でこんなことを言うのも少し変ですが、実際に暮らしてみると、家そのものと同じくらい、
もしかするとそれ以上に、庭や土地の使い方が暮らしに与える影響は大きいと感じるようになりました。

もちろん、建物は大事です。

間取りも、断熱も、耐震も、動線も、窓の取り方も大事です。

でも、家の中だけで暮らしが完結するわけではありません。

朝、外に出る。
花が咲いていることに気づく。
畑の様子を見る。
子どもが芝生の上でボールを蹴る。
水をやると、土に水がしみ込む音がする。
ちょうちょ、ミツバチを見つける
葉の上でイゴイゴしている虫を見つける

そういう小さなことに、思った以上に救われることがあります。

家とか外構は建てたときに、ある程度完成します。
でも庭は、住みながら少しずつ育っていきます。

この違いは、実際に暮らしてみると分かります。
多くの方は自分の家を持つこと、自分の庭を持つことが初めてですよね。

今回は、自分自身が「庭と育つ家」に3年住んで感じたことをもとに、雑木の庭や、自然に近い土地で暮らすこと、
家と庭を一緒に考えることについて書いてみたいと思います。


雑木の庭とは、自然をそのまま持ち込むことではない

私が好きなのは、雑木の庭です。

「雑木」という言葉は、あまり聞き慣れないかもしれません。

雑木とは、もともとは山や里山に自然に生えているような木のことを指します。
庭木としてきれいに刈り込まれた松やマキのような木ではなく、アオダモ、エゴノキ、ヤマボウシ、コナラなど、自然な枝ぶりや季節の変化を楽しむ木です。

ただ、私が考える雑木の庭は、単に木の種類の話ではありません。

キャンプ場に行ったとき、山道を歩いたとき、子どもの頃の山の学習や町内キャンプで感じた、木や土が自然にそこにある感じ。
祖谷のかずら橋のまわりで感じるような、ランダムで、人の手だけではつくれない雰囲気。

「植えた」というより、「植わってあった」ような景色。

そういう空気を、住宅の敷地に合う形で考え直すのが、私の考える雑木の庭です。

もちろん、山の木をそのまま住宅地に持ち込むわけにはいきません。

キャンプ場にあるような20m級の杉や、大きく育つどんぐりの木をそのまま植えるのは、管理や安全面でも現実的ではありません。

だから住宅の庭では、大きくなりにくい木や、自然な枝ぶりを楽しめる木を選びながら、暮らしに合うサイズに整えていく必要があります。

自然をそのまま再現するのではなく、自然の気持ちよさを、家族が暮らしやすい形に編集する。

そこに、雑木の庭のおもしろさがあると思っています。

 

街中だけでなく、自然に近い土地で暮らすという選択

家づくりでは、駅や買い物施設に近い街中の土地がよく注目されます。

もちろん、便利な場所に住む良さはあります。通勤や買い物、学校のことを考えると、街中を選ぶ理由もよく分かります。

でも、街中だけが正解ではないと思っています。

少し自然に近い場所。山沿いや郊外、昔からある集落の中の土地。
そういう場所に家を建てる選択も、もっと前向きに考えていいと思います。

自然に近い土地には、街中にはない良さがあります。

土地が比較的広く取りやすかったり、価格を抑えやすかったりする場合もあります。
もちろん場所によりますが、土地に余白があると、建物だけでなく、庭や畑、外遊びの場所まで含めて考えやすくなります。

家というと、どうしても建物の間取りや性能、外観だけに目が向きます。

でも本当は、敷地全体でどう暮らすかが大事です。

どこに車を停めるのか。
どこに木を植えるのか。
どこで子どもが遊ぶのか。
どこでBBQをするのか。
畑をするなら、どのあたりがいいのか。
休日に外で過ごせる場所があるのか。

そこまで考えると、家づくりはもっと広がります。

建物だけを立派につくるのではなく、土地全体を使って暮らしをつくる。

自然に近い土地には、そういう楽しさがあります。


私が庭のある暮らしをすすめたい理由

私が庭のある暮らしをすすめたい理由は、きれいな景色をつくるためだけではありません。

休日の過ごし方が変わるからです。

庭があれば、家族でBBQをすることもできます。少し場所があれば、焚き火を楽しむこともできます。
畑をつくれば、野菜や果樹を育てる楽しみもあります。

子どもがいる家庭なら、外で体を動かせる場所があるだけで、暮らしの幅はかなり広がります。

ボールを蹴る。
走る。
虫を見つける。

大きな遊具がなくても、庭には子どもが勝手に遊びを見つける余白があります。

そういう小さな自然が、毎日の暮らしの中にあることが大切だと思っています。

家にいながら、少し外に出るだけで休日の気分が変わる。そういう場所があることが、庭の良さだと思います。

私自身、庭に出て花が咲いていることに気づいたり、虫が寄ってきているのを見たりする時間が好きです。

水をやると、土に水がしみ込む音が聞こえます。

それだけのことですが、すごく気持ちがいい。

家の中だけでは感じにくい、季節や土や植物の変化が、暮らしのすぐそばにある。

そういう暮らしを、もっと多くの方に知ってほしいと思っています。


外構は“みんながやっている形”に寄りやすい

家づくりの最後に外構を考えると、どうしても「みんながやっている形」に寄りやすくなります。

駐車場はコンクリート。
車の上にはカーポート。
庭には人工芝。
玄関横に木を1本。

もちろん、それが必要な暮らしもあります。

車が好きで、大切な車をきれいに停めたい方には、コンクリートの駐車場が合うこともあります。
雨の日の乗り降りを考えると、カーポートが便利な場合もあります。

外構を考えるとき、大切なのは「何を使うか」よりも、「どんな暮らしをしたいか」だと思います。

家づくりでは、間取りや収納、家事動線、子ども部屋の使い方など、それぞれの家族に合わせて細かく考えます。
ところが外構になると、なぜか急に「よくある感じで」「駐車場はコンクリートで」「空いたところに人工芝で」と、
どこかで見た外構をそのまま当てはめるように決まってしまうことがあります。

もちろん、コンクリートにはコンクリートの良さがあります。
車を停めやすく、歩きやすく、管理もしやすい。

砕石には砕石の良さがあります。
水を通しやすく、費用も抑えやすく、少しラフな雰囲気もつくれます。

人工芝にも、天然芝にも、土にも、草にも、木にも、それぞれ良さがあります。
反対に、それぞれに手間や欠点もあります。

木を植えれば、虫が来ることもあります。
落ち葉もあります。
草も生えます。
管理がまったく不要になるわけではありません。

でも、木陰ができたり、季節を感じたり、子どもが実を見つけたり、土や草に触れたりする楽しさもあります。
家の中から見える景色も変わります。
玄関までの道のりも、ただ通るだけの場所ではなくなります。

多くの人は、本当は自然が嫌いなわけではないと思います。
無農薬の野菜がいい、木がある景色は気持ちいい、季節を感じる暮らしはいい。
そう感じている人は多いはずです。

ただ、忙しい。
管理が大変そう。
虫が来そう。
近所にそういう外構をしている人が少ない。
みんなと同じ方が安心。

そういう理由で、なんとなくコンクリートを増やし、なんとなく人工芝を敷き、なんとなく木を少なくしてしまうのかもしれません。

でも外構計画は、土地の余った部分を処理する手段ではありません。
家の印象をつくり、暮らしの楽しさを広げる、大切な場所です。

だからこそ、最初から「管理が楽そうだから」「みんながそうしているから」で決めるのではなく、
コンクリートの良さ、砕石の良さ、芝の良さ、土や草の良さ、木がある良さ、木がない良さを一つずつ考えて、
自分たちに合う形を選んでいくことが大切だと思います。

自然をたくさん入れることが正解というわけではありません。
すべてをコンクリートにすることが間違いというわけでもありません。

大事なのは、自分たちの暮らしにとって、どのくらい自然があると心地いいのかを考えることです。

その選択肢のひとつとして、私は雑木の庭がとてもいいと思っています。


住んでから分かった、外構を固めすぎない大切さ

自分の家で庭や畑をつくってみて、外構についての考え方も変わりました。

たとえば、コンクリートは本当に必要な場所にだけ使えばいいのではないか、と思うようになりました。

駐車場やアプローチなど、もちろん必要な場面はあります。ただ、敷地の外まわりを最初から広く固めすぎると、
あとから使い方を変えにくくなります。

砕石も同じです。

便利な素材ですが、何となく広く敷けばいいわけではありません。防草シートも、考えずに敷くと、あとから木を植えたいときや、
土を触りたいときに、かえって邪魔になることがあります。

私自身、設計士でありながら、自分の家の外まわりでは失敗した部分もあります。

畑や庭を実験的につくってきたので、それも含めて学びでした。

作る予定だった場所に先にコンクリートを打ってしまい、あとから「ここはもっと子どもが遊べる場所として広く残してもよかった」と
思ったこともあります。

芝生を広げて、サッカーの練習ができる場所にしてもよかった。

畑のそばにはサイクルポートもつくりました。自転車を置くだけでなく、畑道具を置いたり、少し雨を避けたり、
外で過ごすときの拠点にもなります。

こういう場所があると、庭や畑はただ眺めるものではなく、実際に使う場所になっていきます。

家を建てるときには、建物の間取りや駐車場のことを優先して考えがちです。

でも、実際に住んでみると、子どもが外でどう遊ぶか、庭をどう使うか、あとから見えてくることがあります。

だからこそ、外構は“後で整えるもの”ではなく、家づくりの最初から暮らし方と一緒に考えるものだと感じます。

どこを固めるのか。
どこを土のまま残すのか。
どこに木を植えるのか。
どこに余白を残すのか。

その判断ひとつで、暮らし方は大きく変わります。


雑木の庭は、放置された庭ではなく、設計された自然

雑木の庭というと、「草がたくさん生えた庭」や「手入れをしない庭」を想像する方もいるかもしれません。

でも、私が考える雑木の庭は、放置された庭ではありません。

かといって、草一本ないように毎日きっちり管理する庭でもありません。

多少の草や落ち葉は、あっていいと思っています。
花が咲いたり、虫が来たり、季節によって雰囲気が変わったりすることも、庭の楽しさです。

大事なのは、自然に見えるように整えることです。

どこに木を植えるか。
どのくらいの高さの木を選ぶか。
足元を土にするのか、砕石にするのか、下草を入れるのか。
どこを歩くのか。
どこから眺めるのか。
どこを少し抜いて、どこに木陰をつくるのか。

自然な庭ほど、実は考えることが多いです。

何も考えずに植えると、ただ雑然とした庭になることもあります。反対に、整えすぎると自然な雰囲気がなくなってしまいます。

その間をどうつくるか。

そこに、設計の視点が必要だと思っています。

雑木の庭は、自然に任せる部分と、人が考えて整える部分のバランスでできています。


暮らしながら、庭は育っていく

庭は、最初からすべてを完成させなくてもいいと思っています。

むしろ、暮らしながら少しずつ育っていくくらいの方が、その家らしい庭になる気がします。

もちろん、何も考えずに始めればいいという意味ではありません。

全体のレイアウトや、家からの見え方、木の高さや配置はしっかり考える。

そのうえで、住む人が少しずつ木を選び、植えていくのもいいと思います。

木は一本一本、形も枝ぶりも違います。

植木屋さんに行って、予定していた木とは違う木に出会うこともあります。
ホームセンターやネットで苗木や種を選び、自分で植えてみるのもいい。

そういう偶然や手間も含めて、その家だけの庭になっていきます。

自然の中では、虫が花粉を運び、動物が実を食べ、糞と一緒に種を落とし、少しずつ環境が変わっていきます。

人が木を選んで植えることも、その自然の動きとまったく別のものではないように感じることがあります。

人の手で少し整えながら、あとは自然にも少し任せる。

そのくらいの感覚が、雑木の庭には合っていると思います。


家と庭を一緒に考えるということ

住宅の魅力は、営業や広告の言葉だけでつくれるものではありません。

まず、暮らしを想像して設計された家があること。
そのうえで、その良さをきちんと伝えること。
順番はそこだと思っています。

家は、建物だけで完成するものではありません。

窓から何が見えるのか。
軒の下でどんな時間を過ごせるのか。
玄関までどう歩くのか。
庭で何をするのか。
子どもがどこで遊ぶのか。
休日に家族がどんなふうに過ごすのか。

そこまで含めて考えることで、家の価値は変わってきます。

雑木の庭は、外構の飾りではありません。

家の外観をやわらかく見せるだけでなく、暮らしの余白をつくり、家族の時間を広げてくれるものです。

だから私たちの家づくりでは、建物と庭を別々に考えすぎないようにしています。

間取りを考えるときも、窓の位置を考えるときも、外から見た家の印象を考えるときも、庭や木の存在を一緒に考えたい。

それが、自然に近い土地で暮らす家づくりには大切だと思っています。


庭と育つ家に惹かれる方へ

庭と育つ家は、派手な家ではないかもしれません。

でも、朝に庭へ出たくなる家。
休日に外で過ごしたくなる家。
子どもが土や草や虫に触れられる家。
窓の外に木が見える家。
季節の変化に気づける家。

そういう家には、数字だけでは測れない良さがあります。

家づくりは、間取りや性能だけで決まるものではありません。

どんな土地を選び、どこに木を植え、どこを固めずに残し、どんな庭をつくり、休日に家族でどう過ごすか。

そこまで含めて考えると、家づくりはもっと自由で、もっと楽しいものになります。

庭と育つ家。

そんな暮らし方に少しでも惹かれる方は、建物だけでなく、庭や土地の使い方まで一緒に考えてみてください.